Part 3

2003年3月30日 制作

2010年4月29日 更新

by Yoshida

こんばんは、こんばんは、もひとつおまけにこんばんは。

ここは、NHKの人形劇「ネコジャラ市の11人」中・後期放送に関するページです。ポンポン♪


★ Part3 もくじ ★



4. 考察

(1) 「30年先を行っていた」テーマ

(2) 命名の妙技

(3) 「インテリゲンチャ・コンビ」の陰影

(4) 「サンデー先生」の不在

(5) 漂流と停泊

(6) 総括




4. 考察


この項では、残されたエピソードから、自分なりに「ネコジャラ市の11人」に対する考察をしてみ

ようと思います。

ただし、基本的に筆者の30年前の記憶をもとにして構成していますので、議論の前提条件など

がすでに間違えている場合もあり得ることを、あらかじめご了解ください。



(1) 「30年先を行っていた」テーマ


「ネコジャラ市の11人」は、「ひょっこりひょうたん島」の事実上の姉妹編というとらえ方がされて

いるが、意欲作のわりには人気を集められなかったこともあって、当時の関係者からも、あまり

肯定的な証言が得られていない。

しかし、当初の設定こそ「前衛的」な面が色濃く出ていて、ハチャメチャなふんいきであったよう

だが、中盤以降は、「災害と、その復興」、「都市生活者の危機管理」、「治安の低下へ

の対応
という、極めて現代的なテーマを扱っていたことに気づかされる。

また、アカンベロンの巻以降のエピソードは、小松左京氏の代表作品「日本沈没」のモチーフを

先取りしていたことにも驚かされる。

「日本沈没」は、番組終了とほぼ同時の1973年3月20日に刊行されて、その年の社会現象級

ベストセラーとなった。

小松さんは、1960年代半ばごろには、すでに同作の構想を持っていたそうで、刊行時には「構

想10年の力作」ということも話題になっていた。

井上・山元チームが、「日本沈没」の上梓直前に、「子供向け」放送台本で、そのテーマに肉薄

するストーリーを書いていたということは、歴史の証言として記しておきたい。



この作品は、「ひょっこりひょうたん島」での主題だった、「いろんな人がいてよい、互いの違いを

認め合いながら生きていこう。」という、「共生」の大切さを引き続き説く一方で、


@ 絶対的な善人、もしくは絶対的な悪人というものはそもそもいないのであり、この世に生き

る人は、程度の差こそあれ、取り巻く環境やその時々の状況、直面する事態とそのときの体調、

心理状態などによって、善と悪の間、あるいは身勝手と献身の間を、微妙に揺れ動きながら生き

ていくものである。


A 過ちを犯したり、他者の平穏な生活に危害を加えようとした人でも、それをもって「負け組」

として処遇するのではなく、一度は再起のチャンスを与える世の中であることが望ましい。


B ただし、人類の叡智や、築いてきた文明そのものを否定したり、それに重大な危害を加え

ようとする人物に対しては、厳罰をもって臨まざるを得ない。



ということが語られているようである。

これはすなわち、「ひょうたん島」で提示した「共生」の理念を、さらに深く追究するものであると

言えるだろう。



@についていえば、レギュラーメンバーはバンチョ市長はじめ、基本的に善人ばかりなのだが、

そのバンチョにしても、ネコジャラ市に政変が起きたときは、「大山賊ネコジャラ駄右衛門」(まだ

アニメ化される前の「ドラえもん」=1970年雑誌連載開始、アニメ化は1974年=のもじりか?)を

名乗り、文字通り「下野」して、政敵の追放に動こうとしたエピソードに顕著であろう。

他の登場人物・動物も、多かれ少なかれ、そのような「両面性」を隠し持っていたと思われる。



Aは、今でいう「セーフティネット」の考え方に相当する。

しかし、それを利用して、コミュニティーに留まるか、あるいは去っていくかは、すべて本人の意

志に任せている。

この考え方自体は、「ひょっこりひょうたん島」でもすでに提示されているが、本作ではさらに当

人の「自主性」が強調される作りになっていたようである。

その結果、市に騒動を巻き起こした後で、ズチャーズのように、市に残って市政を補佐する道を

選ぶ人、あるいはシラケラーのように市から去っていく人と、様々なケースが出てくる。

しかし、いくら自己決定の尊重の精神があっても、勘三郎のように偶発的な事故から、運命に

翻弄されてしまう人(カラスだが…)が出てしまう不条理性まではカバーすることができない、と

いう弱点まで、ちゃんと示されているのはさすがである。



Bは、アカンベロンを用いて、文明を水没させようと企てた海原博士、ヘルス・センターたちを、

アップルたちが巨大な氷のコマに乗せて宇宙に追放したというエピソードに、すべて集約されて

いるだろう。

ここで巻き添えを食う形で、ともに追放になった勘三郎に、改めて哀れを思う。

「追放」という厳罰の選択肢を描くことは、「ひょっこりひょうたん島」では一度も出てこなかった

ようで、するとこのときが最初で最後ということになる。

ここでは、「共生」の理念の限界にもふれておきたいという考えもあったのかもしれない。

このあたり、現在の「オウム真理教裁判」を想起、比較してみると面白い。



現実の日本社会は、1990年代半ばに大きな災害を体験して、その頃から文明のあり方、社会

のあり方そのものを問うような事件にも数多く遭遇したことを考えると、この作品のテーマは、

まさしく「30年先を行っていた」ものであったといえるだろう。




(2) 命名の妙技


「ひょっこりひょうたん島」では、その中盤あたりから、登場人物の名前にギャグを織り込むという

手法が、よく用いられた。

プリンが去った後に、博士たちの同級生になった少女「マリー・キャッチャーネット」、ゴリラのギ

ャング「ウクレレマン・ダン」(声を担当した牧伸二さんの、♪あ〜ああ〜あ〜やんなっちゃった、

あ〜ああ〜あおどろいた〜〜に代表される「ウクレレ漫談」が当時人気を集めていたことと、民

放で人気だった「ウルトラセブン」の主人公が「モロボシ・ダン」であることから取ったものだろう)

など、数多くの例があげられる。

この妙技は、「ネコジャラ市の11人」で、さらに花開いたような感がある。

「ベンキョーチュー」をはじめ、初期キャラクターの「ミス・プリント」、「ライヤッチャ将軍」(阿波踊

りの「えらいやっちゃ」から?)、「ナレーちゃん」、「箱根山銀時」など、視聴者は名前を耳にした

だけで、それがどのような人物(動物)なのか、笑いながら推測できる仕掛けになっている。

番組開始当初、ガンバルニャンを酷く迫害していたネズミは「アルチュール・ランボー」で、「プリ

ンプリン物語」(1979年)の人気キャラクター「花のアナウンサー」にさかのぼること9年も前に、

「アル中」のギャグはNHKに登場していたのである!

また、よく見ると、藤子不二雄・赤塚不二夫・円谷プロなど、当時民放系で人気を博していた子

供番組のキャラクターを意識した命名も目立っている。

「箱根山銀時」が出てきたとき、普段テレビをあまり見ないうちの母親も、「金太郎が足柄山の

金時だから、そこから取ったのでしょ。」といって笑っていた。

バンチョだけは「ひょうたん島」からの引用であることを、誰の目にも直接わかるようにしてある

が、それは藤村さんの人形劇再登板により、「ネコジャラ市の11人」のストーリーの性格を大きく

変えることを宣言するという意味合いも含まれていたのではないか、と思う。

(ちなみに、「ひょうたん島」のときはあまりテレビを見ていなかったわが家では、藤村有弘さん

はガバチョさんではなく、「バンチョさんの人」という共通認識がなされている。)



しかし、「ヘルス・センター」は、NHK的にはビーンボールに近かったのではないだろうか。

当時の首都圏の視聴者の多くは、この名前を聞いて、千葉県にあった「船橋ヘルスセンター」

のコマーシャルを想起したであろうことは、想像に難くない。

(一方、NHKは全国放送なので、この名前がギャグになっていることを実感し得ない視聴者も、

また大勢いたことだろう。)

しかも、この物語で最大級の悪役なのだから、その大胆さには改めて恐れ入る。



(3) 「インテリゲンチャ・コンビ」の陰影


私事になるが、筆者は放送当時、小学校のクラスで「ベンキョーチュー」と呼ばれていた。

友だちと元気よく走り回ったり、乱暴な遊びに加わることや、ガキ大将的な人間関係が大の苦

手で、ひとりきりでいることが多く、(そもそも、「自分が男の子である」ということにも疑念を抱い

ていて、これから誰にも気持ちをわかってもらえない、つまらない人生を送りそうな予感を抱い

ていた)その一方でテストの成績はいつもわりと良かったので、周囲からはいつも勉強ばかりし

ているように見えていたからである。

小学校の国語の時間で、それまでに書いた作文をファイルに綴じて文集を作る授業があったと

きも、最初は「?文集」にしようとしたところ、隣の席の子に使われてしまったので、考えたあげ

く「ねずみ文集」と命名して、その由来を知らない母親から、「何で、そんな汚いの、わざわざ使

うの!」

と、ひどく叱られたことがあった。



ベンキョーチューは、もともと当時の「全共闘世代」の大学生をパロディ化したキャラクターとして

設定されたのだろうが、火山爆発を経て、中期以降も生き残ったことで、筆者のような「偏差値

教育世代」(後年の「共通一次世代」・「新人類世代」)の将来を戯画化するキャラクターに、図ら

ずも性格が変わっていったようである。

しかし、最初の設定との整合性をつけるため、最終盤の1973年になって、現実ではすでに過

去のエピソード(1969年)と化していた「ネズミ東大入試中止」のネタを出してきたあたり、時代と

うまくシンクロしきれなかったようである。



NHKの人形劇、とりわけ「ひょっこりひょうたん島」は、「腕白でもたくましくて、多少乱暴でも元気

よく…」という、明治維新以来戦後まで理想とされ、社会の強迫観念ともなっていた「あるべき

男児像」になじめない層、さらに「ガキ大将的ヒエラルキー」に、どうしても納得がいかない層の

受け皿的なポジションにあったとも考えられる。

「ひょうたん島」の一番のヒーローは、「腕力はないが、知恵はある」博士であり、力自慢のダン

プは、あくまで脇役であった。

すなわち、「知恵は力に優る」ということも、作品の主要テーマとなっていたのだろう。

「ネコジャラ市の11人」でも、アップル・ベンキョーチューの「インテリゲンチャ・コンビ」が活躍する

のだが、2人(匹)とも、博士のような「明朗快活」なキャラクターではなく、どこか屈折した、陰の

ある性格に描かれていたことも、「ひょうたん島」に比べて、特に子供視聴者の母親層に、若干

わかりにくく、陰気な印象を与えてしまったことだろう。

その分、「偏差値教育世代」の姿をリアルに描いていて、「子供に勉強させる」ことの意味を、よ

り深く問いかけるものでもあったともいえるが、当時の状況で、そこまで深く見ていた人はほとん

どいなかったことだろう。

ダンプの役まわりが、チャッピと合わさる形で、スゴミに移行していたことも、あるいは当時の視

聴者にとって、わかりにくい印象になっていたのかもしれない。

他方、1970年ごろから、民放各局でいわゆる「スポ根もの」アニメや、たくましいスポーツマンの

若者を主人公とする「青春ドラマ」が多数制作されて、「腕力派」の巻き返しの気運が起きてきた

ことも、番組にとっては不運だったかもしれない。



(4) 「サンデー先生」の不在


ネコジャラ市の中後期レギュラーメンバーを、ひょうたん島のレギュラーとの相関という観点から

眺めてみると、ひとり重要な人物が欠けていることに気づかされる。

そう、ひょうたん島の「サンデー先生」に相当する人が、設定されていないのである。

バンチョが市長となり、噴火災害復興事業をひと通り終わらせたところで、「子供たちの学校の

先生に適任者がいない」ことに気づいたというエピソードが、「サンデー先生」的人物の不在を象

徴している。

このとき、バンチョの要請に応じてやってきた人物がシラケラーであったという事実は、「ひょうた

ん島」からの視聴者に、少なからずショックを与えてしまったことは想像に難くない。

こうしてみると、シラケラーはサンデー先生の「陰画」である、という仮説も成立するだろうか。

また、やたらとセクシーな「ナレーちゃん」も、当時の母親世代を戸惑わせたことだろう。

後年の「プリンプリン物語」でも、プリンプリンやワット博士の性的な表現に(人形なのに!)苦情

が来るほど、NHKの視聴者には、性的に潔癖な人が多いのである。



性に関しては徹底して純潔主義で、はじらいやつつしみの心を大切にしながらも、普段は明るく

ほがらかで、そしてちょっとミーハーでオッチョコチョイなところもあるお嬢さん、というのが1960年

代の「理想の若い女性像」であったのが、1970年前後を境にして、次第に変容していく。

ナレーちゃんは、その意識変化をいち早く形にした存在であったとも思える。

その意味で、ナレーちゃんもまた、サンデー先生の「陰画」であるとも考えられるだろう。



子供は、そんなややこしいことはあまり深く考えないので、単純にナレーちゃんの話を面白がる。

筆者もそのひとりであった。

しかし、サンデー先生的な「健全な女性像」を支持していたNHK視聴者層には、あまりなじみにく

い演出であったことは、十分に推測できる。



ここまで書いてきて気づいたことだが、このお話には、そもそも女性キャラクターが極端に少ない。

ラブロマンスも、ガンバルニャンとミケ・ランジェロ姫のカップルだけに、あえて絞り込んでいるよう

な印象を受ける。

「ひょっこりひょうたん島」でも、女性キャラクターの少なさが指摘されているが、ネコジャラ市で

は少女はいても、青年期から成人の女性は、初期エピソードでのミス・プリント(声・姫ゆり子)

の死去後は、ナレーちゃんだけになってしまう。

そのナレーちゃんは、レギュラーの市民やゲストたちの動向を、視聴者に伝える立場であるの

で、市は事実上「男性原理」の支配する場となってしまっている。

中後期エピソードから登場する動物や、来訪者も、ほとんど全員がオスまたは男性である。

筆者はここにも「もーれつア太郎」と似たふんいきを思う。

同作は、父親の死後家業の八百屋を切り盛りする少年「ア太郎」と、親友の「デコッ八」との

友情を軸にしているのだが、彼らのまわりにいる人物・動物はほとんどが男性(オス)で、「父

性原理」を強調する形で物語が進行していく。

彼らの面倒を見る近所のおじさんの「ブタ松」(この人も、オスブタの子分をたくさん飼育してい

た)、一応は街のヤクザなのだがドジばかりふんでいるタヌキの親分「ココロのボス」(彼は、

極めてトラヒゲ的な性格を有している)とその子分、機嫌が悪くなるとやたらとピストルを撃つ

交番のおまわりさん(リメイク版の「ひょうたん島」で、海賊からの手紙を届けに来た老郵便局

員に似た風貌である)、そしてニャロメ、ケムンパス(毛虫)、べし(カエル)といった、変わった

動物たち…。

いずれも「ネコジャラ市」の世界構築に影響を与えた可能性は、少なくないと見る。

事実、放送中の1972年には、文藝春秋社で出している小説雑誌「オール読物」で、井上ひさし

氏のギャグ短編に、赤塚不二夫氏がマンガを添えるという連載が行われている。



リメイク版の「ひょっこりひょうたん島」でも、フェミニズムの考え方に慣れた視点から見ると、

「あれっ?」と思わせる表現が出てくることがある。

(しかも、それを中山千夏さん、堀絢子さんたち、女性の声優さんがやっている。)

井上・山元チームの作品は、誤解を恐れずに言うと基本的に「おじさん芸」なのであり、父性

を描くこと、明るくはつらつとしたユーモアを子供に伝えることには成功していても、女性の細

やかな心理を描ききれていないことが、最大の弱点なのであろう。

当時から人形劇の操演者や声優には女性の方が多かったにもかかわらず、やっている

ストーリーはほとんどが男性原理に則ったものであるということは、今から思えば大いなる

皮肉であるように見える。

もう少し後の時代ならば、たとえばベンキョーチューにもガールフレンドを作ったり、あるいは

ベンキョーチューのキャラクター自体を女性(メス)に置きかえてみる、といった工夫が編み出

されたかもしれない。

しかし、現在の視点を当時の作品に押し付ける考え方は、フェアではないだろう。

当時は男性原理の優先が世の中全体で「当たり前」だったのだから、作者やスタッフがその

点に気づかなくても、それは仕方のないことであると思う。



テレビ人形劇で「女性原理」が描かれるようになるには、6年間・4作の時代劇作品をはさん

で、1979年の「プリンプリン物語」まで待たなければならない。

この作品では主役のプリンプリンよりも、ワット博士やヘドロなど、成人女性キャラクターの

はつらつとした活躍ぶりが印象的であり、アクタ共和国崩壊後プリンプリンたちのお供をする

軍曹や、ヘドロの手下シドロ・モドロなど成人男性キャラクターはたびたびヘタレぶりを露呈し

ていた。作者チームが、半ば自虐をこめながら「おじさんという生き物の悲哀」を少女視聴者

に繰り返し訴えかけていたというところに、時代の変化が最も強く感じられる。



(5) 漂流と停泊


「ひょっこりひょうたん島」を本作品の原型として位置付けるならば、もうひとつ重要な設定の違い

があることに気づく。

「ひょうたん島」は、主役メンバーが住んでいる土地が漂流していくという「動的」な物語であった

のに対して、「ネコジャラ市」は、一番最後のエピソードを除いて、住んでいる土地は動かないと

いう「静的」な物語である。

あるいは当時は、「ひょうたん島は、島が動いていく話だったから、今度はその反対で…」ぐらい

の認識にすぎなかったのかもしれないが、これは、実は結構重要なポイントになるのではないだ

ろうか。

「ひょうたん島」のレギュラー住人は、漂流先の人から見ればまた、「異郷からの来訪者」なので

ある。これに対して、「ネコジャラ市」では、レギュラーメンバーの住む町が「物語の世界の中心」

となり、やってくる人は「異邦人」という認識に、どうしてもなってしまう。

この、「社会の中で、自らのあり方を相対化する装置」を持ち合わせていなかったことも、人気が

及ばなかった一因ではないだろうか。



(6) 総括


このあたりで、「なぜ、ひょっこりひょうたん島に人気が及ばなかったか」について、総括をしてみ

たい。

今、筆者が考える限りでは、以下のことが挙げられよう。

@ テーマが、その時代の視聴者には、まだあまり実感のわいてこないものであり、いささか難

解にすぎた。1990年代半ばすぎになって、時代がようやく追いついてきたような題材である。



A 「共生の大切さ」は説いていても、「勇気や希望を語る」内容とは言いがたかった。

子供にとっては、化石から生き返りながら、水に変えられたシーラのカン太郎や、蚊にさされたこ

とで人生(鳥生?)を狂わされた、カラスの勘三郎などが体験した、不条理な運命には理解が及

びにくいだろうし、その親の世代には、本稿で見てきたように、性的表現・教育的表現において、

それまでの健全性を否定するような姿勢が出てきたのは、納得しづらいものであったのだろう。



B 本稿では、ここまでガンバルニャンについてあまりふれてこなかったが、その性格づけにも無

理があったように思える。

ネズミたちからさんざん迫害を受けながら、人間に救出されるやわがままの言い放題では、当時

いじめに悩まされていた子供が日々直面していた、「いじめられる側にだって原因がある。」とい

う、親の粗雑な論理を、結果的に補強してしまうことになりかねない。

筆者が、今でも覚えているのは、ほとんどがバンチョのエピソードである。

それだけ、藤村有弘さんの話術・演技力が巧みで、愉快なものであったという証左でもあるのだ

ろうが、子供心にも、ガンバルニャンはあまり魅力的に映っていなかった。

これでは、「ひょうたん島」のフォーマットに慣れていた人が、「ネコジャラ市」の初期の世界から離

れてしまうのも、無理のないことだろうか。



C 「ひょうたん島」に比べると、仲間割れや内紛の話が多く出てくるので、その分視聴者には、

陰惨な印象に見えてしまったのではないだろうか。



高度成長時代がそろそろ終結を迎えて、過激な事件が世間を騒がせ、何となく虚無感が漂い始

めた時代、視聴者はNHKの娯楽系番組に、「従来からの安心感」を潜在的に求めていたと思わ

れる。

特に、子供番組ならばなおさらのことだろう。

しかし、制作側は、「ひょうたん島」の世界に陰影を持たせて、さらに時代を鋭く読み取り、先取り

しようとしていた。

そこに、大きなズレがあったのではないかと、「30年後のベンキョーチュー」は思うのである。



「ネコジャラ市の11人」の後を継いだ番組が、NHKテレビ人形劇では事実上初めての時代劇企

画「新八犬伝」であったことは、こうして見ると、極めて妥当な選択であったことだろう。

筆者は、少し成長した分、「ネコジャラ市」とはまた別の感性のアンテナが働いたのか、たちま

ちこの番組のとりこになり、最後まで夢中になって見ていた。

この番組に対する思い出もまた尽きないものがあるが、それはまた別の機会に譲るとして、ここ

では、当時の制作担当者が「真の人形劇を目指す」と宣言していて、現在は「人形劇中興の祖」

という形で評価されているのは、両方の番組とも同じように大好きだった者としては、若干複雑

な気持ちを抱いてしまう、ということを記しておきたい。






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